【論考】感情と制度の交差点における再分配の可能性
──フィクション作品『Shared Fire』第3章「渇望の予算」を通して
高橋 徹
序論:数字の背後にある感情
本稿では、創作作品『Shared Fire(共有された炎)』第3章「渇望の予算」に描かれた物語を出発点として、「制度の再分配構造」と「愛・身体・感情」という非制度的要素の交錯について検討する。
従来、政策形成や福祉制度は数値化可能な対象(所得、就労、扶養等)を中心に編成されてきた。しかしその根底には、目に見えない「痛み」や「願い」、そして「関係性」が横たわっている。
IENAのスケッチと制度の再詩化
第3章の冒頭、主人公Touruは行政官として予算資料を整理しているが、彼の机に積まれていたのは政策文書ではなく、アーティストIENAによって描かれたスケッチであった。
“病院の窓辺に差し込む朝陽、母と子の手、廃校となった校舎の壁に描かれた詩が、円グラフと融合していた。”
この記述は、制度設計における定量化不能な身体性・記憶・風景が、図表・グラフと共存しうる可能性を示唆する。IENAが描いた“再配分”とは、単なる貨幣の移動ではなく、生の回復=想像力の予算化である。
愛の営みは、制度の肉体化である
TouruとIENAがその夜に交わった「愛」は、性的/恋愛的行為としての描写にとどまらず、「制度形成の実践」として記述される。
“それは政策形成。
それは制度の肉体化。”
彼女が彼の胸に“1,300,000,000円”と描いた行為が、「保育士の待遇改善」という文案として立ち上がる過程は、感情労働・ケアの価値を制度に転写する試みである。ここにおいて身体とは、単なる表象や消費の対象ではなく、制度の発話主体として機能している。
「都市としての身体」としての連帯の新たな可能性
Touruの言葉、「今、この身体が、都市になる」に対し、IENAは「だったら私は、あなたの血流に美術館を建てる」と応じる。この対話は、制度が内部から構造化されるべきであるという社会学的示唆を含んでいる。
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都市=構造体としての制度空間
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身体=その制度を媒介する有機的回路
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芸術・愛=制度構造に開いた想像の窓口
この三者が統合されることで、近代的福祉国家では扱いきれなかった**「個人の苦しみ」や「無名の祈り」**を取り込む、新たな制度感覚が生まれる可能性がある。
結語:記憶と再配分のあいだで
本章は、制度設計における「配分」の概念に対し、人と人とのあいだに蓄積される記憶・接触・願いの履歴を取り込むことの意義を照射している。
現実の社会保障制度では、感情や身体の声は多くの場合「理由書」「通達文」「統計データ」によって平坦化される。しかし、フィクションという形で描かれたこの物語は、むしろそうした冷たさを突き破り、生きた制度の可能性を提示している。
愛は制度になりうるか。
この問いを手放さない限り、社会学は生き続ける。
参考文献: