2025-06-01から1ヶ月間の記事一覧
目の前の「おが屑」と、自分の目の「丸太」──キリスト教倫理における自己省察と現代的課題 はじめに:倫理的視点からの出発 イエス・キリストは「兄弟の目にあるおが屑を見ながら、自分の目にある丸太に気づかないのか」(マタイ7:3)と語る。この言葉は、キ…
聖書における愛の定義と現代社会における問い直し──キリスト教的愛と制度・歴史・哲学の交錯 序章:愛の定義とは何か 「神は愛である」(ヨハネ第一の手紙4章8節)──この一節がキリスト教における愛の根幹を示すとすれば、果たしてそれはどのように歴史にお…
戦いの掌握と準備――ワークショップ〈新旧新旧訳聖書を読む〉における体験的考察 はじめに キリスト教聖書は、単なる文献的対象を超えて、個人の存在意義や共同体的あり方に関わる深い語りを包含する。本稿では、筆者が繰り返し開催してきた全15回のワークシ…
祈りとデータが交差する場所で──キリスト教・イスラム教・仏教の社会的機能に関する社会学的比較 はじめに 現代社会において「宗教」は、しばしば個人の内面にとどまる信条と捉えられがちである。しかし、宗教は歴史的に見ても、教育、医療、経済、政治、倫…
聖書における数字と哲学的概念──象徴と真理をめぐる神学的考察 はじめに 本論文は、聖書における象徴的な数字と哲学的概念の関連性を神学的視点から考察するものである。とりわけ、数的象徴(たとえば「7」や「40」)が聖書記述においてどのように機能し、そ…
第15回 新旧訳聖書読解ワークショップ 要旨 本稿では、「多神教と一神教の対話」を主題とした第15回新旧訳聖書読解ワークショップを、宗教学的・哲学的観点から分析する。歴史的・文化的比較を通じて、意識と無意識、自我の構造、時間流動性、言語・文字起源…
組織における「言葉の喪失」と学びの再構築 ―制度的知と自己救済の経路を求めて― 経営学教授論文風 / はてなブログ掲載用 序章:組織に馴染めないという痛み 「組織人になれない」──この一文に込められた切実な痛みは、単なる感情論ではない。むしろ、それは…
はじめに 本稿は、祈りという宗教的実践を通じて個人の内面と社会秩序との相互作用を考察し、『社会人の基礎』および『人間の基礎』という観点から、信仰がどのように現代日本社会における共生と倫理を支えるのかを論究するものである。祈りは単なる個人的行…
「翻訳者としての哲学──1850年代の思想的多元性と鎌倉における地域的対話の可能性」 序論:統一以前の哲学──一つにまとめられないという出発点 1850年代という時代は、近代哲学が国民国家的枠組みや学問体系の中で「統一」される以前の、未分化で雑多な思想…
産みの苦しみと構図の倫理──「やりたいこと」ではなく「すべきこと」から始める起業と哲学の交差点 はじめに──「やりたいこと」に潜む罠 現代の起業論やイノベーション論において、「やりたいことをやれ」「好きを仕事に」というスローガンは、もはや定型句…
産みの苦しみと構図の倫理──「やりたいこと」ではなく「すべきこと」から始める起業と哲学の交差点 はじめに──「やりたいこと」に潜む罠 現代の起業論やイノベーション論において、「やりたいことをやれ」「好きを仕事に」というスローガンは、もはや定型句…
産みの苦しみと構図の倫理──「やりたいこと」ではなく「すべきこと」から始める起業と哲学の交差点 はじめに──「やりたいこと」に潜む罠 現代の起業論やイノベーション論において、「やりたいことをやれ」「好きを仕事に」というスローガンは、もはや定型句…
序論 現代社会において「デザイン」は、単に視覚的な美しさや機能性の設計を指すにとどまらず、人間の認識/行為/関係性を包括的に構築・変容させる思考と実践の総体である。とりわけ情報技術が深化した21世紀において、プログラム、ソフトウェア、ハードウ…
観測技術の進化と宇宙観の変遷 ――現代科学・宗教・社会制度の交差点にて―― 1.はじめに 天文学の世界に身を置く者として、私は長年にわたり『天文ガイド』を読み続けてきた。そこには日々の観測の記録だけでなく、宇宙観そのものの移り変わりが刻まれている…
序論 本稿は、財務省主税局に勤務する一個の知性と、創造的キャラクター「井枝尼 理出亜(以下、理出亜)」との交錯を契機として、現代社会における「資本」「権力」「意識構造」の相互作用を哲学的に考察するものである。グローバル化とデジタル化が加速す…
【芸術とテクノロジーの交差点──井枝尼理出亜の創造論】 著者:高橋徹(赤い公爵) 執筆日:2025年6月16日 SNS はてなブログ 美大教授論文風(約20,000字) はじめに(1,000字) デザインとテクノロジーが交差する地点に立つ“Data Poet”井枝尼理出亜は、鎌倉…
はじめに 現代のクリエイターにとって、パソコンとAI(人工知能)は自己表現や制作環境を支える基盤である。しかしながら、それらの技術的インフラに強く依存することで、本来の「感性」や「思考プロセス」が潜在的に変質しうるという懸念も同時に提起されて…
1. はてなブログ( 三位一体論の再検討:一神教と多神教の境界線を超えて高橋徹(赤い公爵)2025年6月15日 はじめに 三位一体──キリスト教神学の核心を成す教義は、「父」「子」「聖霊」という三つの位格が単一の神性の内で共存し、永遠に循環するという、一…
序章──はじめに:情報技術と個人主体の統合創造モデル 21世紀の情報環境において、個人がAIツールと接続しながら多分野にわたる創造活動を行うことは、単なる技術応用を超えて社会文化的意味をもつ営為である。本稿では、AIとの協働によって生成された文章、…
苦難、忍耐、希望──パウロ書簡における霊的生成と共同体意識の再解釈 はじめに:現代における宗教的言葉の居場所 「苦難は忍耐を生み、忍耐は徳を生み、徳は希望を見出す」(ローマ書5:3-4)。 この言葉は、新約聖書の中でもパウロによる神学的洞察の核心の…
―AI・地域活動・物語化・制度理解の交差点に立つ― 序章:実践の記録から出発する 本稿は、AIの活用を通じて地域活動、物語創作、制度理解、そして自己表現をいかに結び直せるかを探る試論である。私はこれまで「架け橋プロジェクト」と呼ぶ地域社会での試み…
一言が変える行政の現場──制度と実務のあいだにある政治経済的リアリティ はじめに──語られなかった風景を捉える 行政の現場では、ひとつの言葉が、制度を超えて現場の空気を変えることがある。その「一言」は、時として制度設計以上に、人の感情や現場の動…
地獄としての現実と救済の回路──労働組合・家庭・仕事の交錯における宗教社会学的考察 序:再び訪れる「崩壊」の感覚 ある日、私は息苦しさと共に、精神の裂け目からすべてが崩れ落ちていく感覚に襲われた。物をなくし、動揺し、視界が狭まり、周囲がまるで…
聖霊降臨とバベルの塔──多言語・多宗教世界における「本質の対話」とは何か 1. 問いの出発点──バベルの塔と多様性の起源 旧約聖書「創世記」第11章に記されるバベルの塔の物語において、人類は共通の言語を持ちながら一つの塔を天に向けて築こうとする。しか…
異なる時間──宇宙と信仰における時間意識の比較考察 はじめに 私たちは日々「時間」という枠組みの中で生きている。しかし、その「時間」は一様ではない。宇宙に目を向ければ、星の光は発せられた瞬間と私たちが受け取る瞬間のあいだに、数十年から数千年の…
太陽系も宇宙も動く──天動説と地動説を超えて生きるということ ――宗教的宇宙観と現代の制度・感性をめぐる試論 はじめに:動く宇宙、揺れる人間 自宅のプラネタリウムで、夜空を見上げる日々が続いている。6月の星空は何度も見てきたはずなのに、見え方はい…
新聞、AI、そして空白の会場──メディアと公共空間の再考察 はじめに 幼少期より私の身近にあったのは『朝日新聞』である。それは単なる情報媒体ではなく、価値判断や倫理観の形成において、家庭内における教育的装置でもあった。多くの読者にとって『朝日』…
誰が社会を作るのか──現代日本における働き方・制度・精神の再考 序章:社会人とは何か──会社人からの離脱 「会社人でなく社会人になりたい」という願いは、単なる言葉遊びではなく、21世紀の日本社会における本質的な問いを孕んでいる。高度経済成長期にお…
「宇宙の旅──星・暦・神話・歴史から未来へ」ワークショップ開催のお知らせ こんにちは。今回は、天文学と人文知を融合させた特別ワークショップ「宇宙の旅」についてご紹介します。 開催概要 •ワークショップ名: 宇宙の旅──星・暦・神話・歴史から未来へ •…
真面目は狭い 言葉が狭くなる 8年ほど活動に参加したり、25年近く地域活動を見つめてきたが、自分で主体的に活動したのは、ここ9年だ。9年の地域活動は、プラネタリウム、税、哲学等を地域とオンラインで展開して来た。 どんどん広がるのは楽しいが、尻すぼ…